暗闇で仕事をしたら職場のチームワークが向上するかも/ダイアログ・イン・ザ・ダーク
職場の仕事は明るいところで行うことが当たり前になっています。労働安全衛生規則でも、たとえば「普通の作業」であれば、150ルックス以上と定めらています。
仕事の打ち合わせも明るいオフィスで相手の顔を見ながらやりますし、メールのやり取りも、パソコンに光がなければ、文字も読めません。
仕事はほとんど視覚情報に頼っているわけです。そうした中、相手のちょっとした表情が気になったり、気に入らない態度を見てしまうと、とたんに負の気持ちが芽生えてきたりします。
嫌なところが見えてしまうことで、職場の人間関係に暗雲が立ち込めるのです。
イヤなところが見えてしまうなら、見えなければいい。そんなふうには感じないでしょうか。
「もし、職場が真っ暗闇だったら、チームワークが向上するかも」
・・・と感じたのは、数年前に体験したあるイベントです。
暗闇の中では一人で生きていけないことを知る
「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」というのをご存知でしょうか。暗闇の中の対話、という意味ですが、本当の純度100%の暗闇の中で約1時間を過ごす体験イベントです。
私は数年前に、この「暗闇のエンターテイメント」を体験しました。
ダイアログ・イン・ザ・ダーク
ダイアログ・イン・ザ・ダークは、真っ暗闇の部屋をアテンド(視覚障がい者)のサポートのもと、探検するというものです。
当日の参加者は6人くらいでしたが、ほとんどの方が初体験という感じでした。
部屋に入ると、そこはまったく光のない暗闇の世界。
とたんに方向感覚がなくなります。頼りになるのは、ひとり1本ずつ渡された白杖(はくじょう)という白い杖です。視覚障がい者の方が外出するときに持ち歩いているものなので、見たことがあるかもしれません。
6人の参加者はアテンドの誘導で進みます。
しかし、何も見えないために、何か物にぶつかったり、人にぶつかったりするのではないかという不安が襲います。つまづいて転んでしまったりするかもしれません。
こうした暗闇では、10歩進むだけでも、ひとりで黙って歩くことができないのです。
「こっちこっち!」
「なんか、手すりみたいのがある!」
「足元がガサガサするぞ・・・」
こうしたことを、みんな声を出しながら歩いて行くのです。
全員、初対面で知らない者同士なのですが、声を掛け合い、時には手をつないで誘導したりしないと、アテンドの声がするほうにたどり着けないのです。
視覚以外の感覚を研ぎ澄ませます。聴覚、触覚、嗅覚・・・。
声を出す、といっても、何も見えない前提で声をかけ会わないと、まったく行動できません。明確な言葉を選ぶ必要があるのです。そして、もう一つは、ずっと声を出し続けていないと、みんながいるのかいないのかもわからない、ということです。声がなくなると、そこにいるはずの人の存在も消えてしまうかのようです。
お互いに不安にならないように、声を出し続けます。
「あ、なんか鳥のさえずりがしますね」
「足元でカサカサ音がなっていたのは、もしかして落ち葉??草の匂いがする」
「今、触っているのは樹木だろうか」
こうした何気ない会話も、声を出すことで、相手の存在を確認し、自分の存在を示すことになります。
6人の参加者は、やがて、別の部屋のようなところに来たようです。
そこにはテーブルがあり、椅子があります。
どうやら、真っ暗闇のバーのようです。
そこでは、お金を出して飲み物やお菓子を買うことができます。店員さんも手探りでコインを確認し、手探りでお客さんを見つけ、商品を渡します。
暗闇なので、お菓子も、どんなものなのかがわかりません。袋を開けて、食べてみてやっと味覚で存在を知るのです。
「これは、“かっぱえびせん”だ…」
カウンターに座った参加者同士で「食べてみてください」とかシェアしています。
そして、後半に最後の難関がやってきます。
この日は「暗闇で書き初め」の日だったので、なにやら手探りで座敷に上がって、硯と筆をとり、色紙に一文字を書きます。当然、真っ暗なので、ちゃんと書けているかどうかもわかりません。
私は「温」という文字を書きましたが、あとで見てみたら、かろうじて枠内に収まっていた、という感じです。自分の名前は判読不能。暗闇では、自分の名前さえ書けないのか…と驚愕でした。
こうして、ダイアログ・イン・ザ・ダークも終盤を迎えます。約1時間、ずっと6人は会話をし続けたのです。黙っていた人は一人もおらず、全員がお互いにコミュニケーションをとりながら、暗闇の中を進んでいきました。
そのようなわけで、アテンドから「もうすぐゴールですよ」という合図があった時、なんだか一抹の寂しさを感じました。出発の時は明るかったけれど、今は暗闇なので、相手の顔もよくわかりません。
誰と会話したのか、そして、誰の手に導かれて進んで来たのか、ということもわからないのです。
ただ、偶然集まった参加者は仲間として全面的に信頼せざるを得ませんでした。そうしないと、どの方向にも一人では動けないのです。
やがて、真っ暗な世界から、ほのかな明かりがある薄暗い部屋に案内されました。
「ここで、しばらく目を慣らします。急に明るいところへ出ると刺激が強いので」
みんなそれぞれ体験の感想をシェアしながら5分くらい休みました。
あの暗幕の外は、いつも目にしている明かりがある空間なのです。
すこしでも明かりのあるところ、相手の顔の見える場所に来たとき、参加者のみんなに明らかな変化がありました。それは、暗闇ではあんなにお互いに喋っていたのに、顔が見えるようになった途端、急に黙り始めたのです。
みんななんとなく所在無さげに、お互いに視線を合わせないように過ごしています。私もそうでしたが、なんとなく恥ずかしいようです。
そして、暗幕の外に出ます。
そこは、1時間前に、ダイアログ・イン・ザ・ダークに参加するために待機していた場所でした。
暗闇を一緒に過ごしていた参加者は、その明るさの元で、再び、赤の他人に戻りました。
そして、それぞれが、東京の街に散っていきました。
暗闇では一人で行動できない
ダイアログ・イン・ザ・ダークを体験してわかったのは、暗闇では一人では何もわからないし、進むことすらできなかった、ということです。暗闇の中の会話を通じて、助け合わないと前へ進めないのです。
そこでは、お互いに助け合いながら、暗闇の中に、自分がイメージした景色を投影します。そのイメージの景色の中を進んで行くわけです。暗闇の中に、森や神社やバーを見たりしました。それぞれが自分の頭の中で映し出したイメージの中に自分を置いていたわけです。
それぞれのイメージの中を、参加者同士で助け、そして助けられながら進んでいきました。
「私はここにいますよ」
「僕は、ここにいるよ」
…と存在を示さないと暗闇の中に置いていかれてしまうのです。
そして、
「大丈夫ですか?」
「ついて来ていますか?」
・・・と問いかけないと、自分と相手の距離は離れてしまい、やがて自分も暗闇の中でひとりになってしまうのです。
そして、もうひとつ。
アテンドしてくれた視覚障がい者の方は、私たちが体験したこの暗闇が日常であるということです。
音がしない、味がしない、香りがしない、触れるものがない、、、、そんな世界だったら、本当に孤独だと思いました。
音が、味が、香りが、温もりが、彼らを勇気づけていることがわかりました。
そして、私たちが見ている世界とは、別の世界を見ていることも、ほんの少しわかったような気がします。
職場が暗闇だったらチームワークが抜群によくなるはず
ダイアログ・イン・ザ・ダークはひとつの体験イベントですが、職場に明かりがなく、真っ暗だったら、かなりすごいチームワークが生まれるのではないか、と思いました。
もし、暗闇であるならば、会議をするにも、まず、会議室に入るまでが大変なわけです。
黙って入室しようとすれば、入り口のところでぶつかり合いが発生するかもしれません。
椅子に座るにも、とりあえず、自分の手に触れた椅子に座るでしょう。そして、自分の存在を示さないと、自分の膝の上に、社長が座ってしまうかもしれないのです。
必然的に声を出し合い、協力しないと、席の配置にもつけません。
そして、会議も声だけが頼りなので、伝わるように話をしないといけませんし、声のトーンにも気を配って、最大限の表現をしていかなければなりません。
会議で議論が白熱し、批判合戦になってしまったとしても、会議が終われば、ノーサイドで、また声を掛け合って助け合わないと、会議室の外にも出られないのです。
「うちの職場はチームワークがイマイチだ・・・」と嘆いているのであれば、月に一回、「オフィス・イン・ザ・ダーク」をするとすぐにチームワークは向上するはずです。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
普段とまったく違う感覚を使うと、別の世界が見えてくることがあります。例えば暗闇は、人は協力していかないと生きていけない世界だったのです。
ちなみに、ダイアログ・イン・ザ・ダークの東京会場は、今年の夏に閉鎖されてしまいました。久しぶりにまた体験しに行こうと思っていたのに、終わっていたので残念でした。(大阪会場は営業しているようです)
しかし、2020年に再び東京会場も再開できるように準備中のようです。
会社の業務は情報が多いほど、有益な仕事ができると考えています。しかし、余計なものが見えているからこそ、滞ってしまうこともあるのかもしれません。
情報を極限まで遮断すると、大事なものが見えてくることがあります。
暗闇であっても、やっぱり、光を灯すのは人間なのです。