緊迫のドキュメント24時間〜最大のトラブルはこうして解決する〜
会社に勤めていると、ときに重大な問題に直面する時があります。問題が解決しないと、ものすごく大勢の人に迷惑をかけるとか、社会的な信用に関わるとか、大きな損害を抱えてしまうとか、いろいろなケースがあると思います。
あなたが担当している業務の範囲を超えて、あまりにも大きな影響が及ぶかもしれない、と思った時、その重大さに尻込みしてしまうこともあるでしょう。
今回は実際に発生したケースをもとに、トラブルをどのように解決して行ったら良いかを考えてみましょう。
ドキュメント24時間/重大なトラブルは不意にやってくる
一週間前から気をもんでいた仕事があった。
1台2千万円の高価な機器。
これを海外から輸入し、所定の場所に届ける仕事だ。
しかも、この金曜日に納入されないと、
この機器を使った工事ができない、という。
工事ができなくなると、どうなるか。
現場周辺の住民に影響が出る。
もしかしたら、家中の家電製品が使えなくなる世帯が
いくつも出てくるかもしれないのだ。
現場に影響が出るということは、
このことにかかわるすべての関係者に影響が出る、
ということ。
だから、
「ちゃんと製品は入るんだろうな」と、
先方からは何度も確認の連絡が入っていた。
工事のスケジュールは急ぐものであった。
本当なら、代替の機器が常備されているのであるが、
相次ぐ不具合で生産ラインが停止し、
十分な製品の供給ができないでいた。
そんな中での緊急輸入だった。
海外での製品の品質検査があり、
「異常なし」との判断が下り、
ようやく輸入再開された製品である。
スケジュールは、1日も余裕がなかった。
船に乗せ、輸入手続をし、製品の受け入れ検査を経て、
現場に配送する。
この間、たったの1週間。
タイトなスケジュールだった。
綿密に段取りをつけ、いつでも配送できる準備を整えていた。
最初のトラブル
最初のトラブルは、
「船が予定通りに到着しない!」という連絡だった。
私:「どのくらい遅れるんですか!3時間くらいですか、それとも半日かかりますか?」
メーカー:「まる1日遅れます・・・」
1日も猶予がないところで、1日遅れる。
でも、船が着かなければ、どうしようもない。
1日遅れることで、前日に製品を積み込んで、
翌日に配送する、ということはできなくなった。
当日、積み込んで当日運ぶ。
納入の手続きも当日。
製品を当日検査し、輸入手続きが済んだ瞬間、製品を積み込み、その場で配送。
当日の13時までに到着しなければ、支障が出る。
多分ぎりぎりか、10分くらい遅れてしまうか、
という状況だった。
関係者と電話で連絡を取りながら、
どんどん工程を進めていった。
クライアントの品質部による製品検査の連絡を受けたら、
すぐにでも積み込んだ車両を出発させる予定だった。
ところが、検査結果がなかなか出ない・・・
私:「品質検査は、どうなっているんですか!?」
品質部:「いま、担当者が急に会議に呼ばれてしまって・・・。
ぱっと見、大丈夫そうだから、検査やっておいて、と
私に引き継がれてしまったのです…。」
私:「すぐに検査をしてください!」
品質部:「書類上の問題はないです。検査合格の承認手続きをとります。」
私:「ありがとうございます。」
納入手続きは、製品の品質検査の合格データが連携された時点で、
すぐに行うつもりだった。
10分後には、処理が終わる予定だった。
大いなる事後報告
ところが、その直後、別の部署に1本の電話が入り、
後輩が急いで僕の所へ走ってきた。
私:「どうした?」
後輩:「あの、実は・・・」
後輩:「実は、、、以前、お届けした同じ型の機器について、クレームがありまして。
代わりの機器を手配してくれ、と言われたのですが、知っていますか?」
私:「いや、聞いていない。」
後輩:「機器に不具合があったようなのです。」
私:「えっ…!わかった。ちょっとクライアントの品質部に確認してみる。」
(なんで、今頃になってこんな知らせが・・・)
・・・しかし、この「確認」が、大事件に発展することになろうとは…。
クライアントの品質部に問い合わせると、
やはり「何も聞いていない、知らない」とのこと。
品質部:「もし、本当に不具合なら、大変なことです。」
私:「どうなるのですか!?」
品質部:「あとで、連絡します」
そのとき、事件は起きた
すこし時間が経過した後、また電話が鳴った。
品質部:「以前、輸入した機器には確かに不具合がありました。
本日、輸入する予定の機器も同じ工場なので、不具合の可能性があります。
輸入した機器の検査合格は出せません。保留です」
ガーーーン。
品質検査は保留!?
品質部の検査に合格していない機器は
工事で使用することはできない。
それは明日の夜の工事に使えないということ。
…ということは、
周辺に多大な影響が出る可能性があるということだ・・・
震える手で、まず1箇所目の施工会社に連絡した。
私:「本日、配達する機器のことですが・・・
クライアントの品質部からNGが出ました」
施工:「な、何だって!?明日、使うんだよっ!」
私:「すみません・・・」
その電話の直後、もうひとつの電話が鳴った。
メーカーからの電話だった。
メーカー:「不具合を黙っていたということで、品質部からものすごい剣幕で
怒られたのですが、誰が漏らしたのですかっ?」
私:「私が、不具合の件を聞いていなかったものですから、
品質部に問い合わせました」
メーカー:「・・・そういうことですか…。
輸入した機器、使えないということになったら、
スクラップですよ!2千万円がパーです。どうすんですかっ!」
私:「でも、不具合を黙っているのはよくないと思います。
これが原因で事故が起きたら最悪です」
メーカー:「不具合と決まったわけではないんですよ。
きちんと調べて本当に不具合なら報告するつもりでした。
その前に情報が漏れたわけだから、こんなオオゴトになって
しまっているんですっ!
ひそかに取り替えれば、何事もなかったのに!」
どうやら、メーカーは私が余計なことを
クライアントの品質部に話したのが気に食わなかったようだ。
メーカーは、多大な損失が出る可能性がある・・・
施工会社は、機器が使えなくて困っている・・・
品質部は、不具合の知らせがないことで怒っている・・・
ほかにも、さまざまな関係者から、ひっきりなしに電話が・・・
「どうなっているんだ!!?」「どうするんだ!?」 「責任者は誰なんだ!?」…
逃亡
波紋が大きくなりすぎている。
どっちにしろ、もう間に合わない。
施工会社もメーカーも現場も大混乱。
このままではライフラインが止まってしまい、
新聞沙汰になってしまうかもしれない…。
呆然とした僕は、思考が停止してしまった・・・
そんなことには、関係なく、電話は鳴り響く・・・
後輩:「またお電話です!」 ・・・
今まで、何度もピンチを切り抜けてきたが・・・
今回は・・・・・
完全に思考停止してしまった僕は、
おもむろにかばんを取り出すと、
よろよろと玄関に向かって歩き出した。
「逃げよう・・・」
行くあてはなかった。
「終わった・・・」
オフィスに電話が鳴り響く中、
僕はすべてを投げ出して、逃亡した。
東京の西。西へ西へ…。
暗い廃屋。
昼間はいいが、かなり夜は冷える。
眠れない…。
都内のホテルを転々とした後、
この薄暗い廃屋にたどり着いた。
所持金が尽きた僕は、
食うものも食わず、よたよたと歩いていた。
住宅地の一角にある小さな公園で、しばしたたずむと、
ペンキのはがれたベンチに座り、
ただ、ぼうぅと空を眺めていた。
平日の朝だからか、
この公園には、ついに一人も姿を見せなかった。
夜になると、あてもない僕は廃屋に戻った。
表の通りは、夜も行き交う人々が見渡せるが、
廃屋のあるこの裏通りは、たまに猫が現れるだけで、
ひっそりとしている。
この逃亡先で、僕は…
もうろうとしながらも、
ふと、そんな「逃亡のイメージ」が頭をよぎる。
電話が鳴り響く中、オフィスを抜け出した僕は、
ロッカールームへ向かった。
逃亡。
なんだか、あまりさわやかな響きではない。
ロッカールームで、自分の背広を取ると、
僕は、このオフィスビルから脱出するために、
裏の階段へと向かった。
連行
そのときだった。
「おい、待て!」
会社の上司だった。
上司:「例の件だと思うが・・・。いったい何があった?話してみろ。」
私:「・・・・・。」
上司:「こっちに来い。オフィスに戻れ。」
僕は、よたよたした足取りのまま、
応接室に連れて行かれると、
まるでインタビューを受けているかのように、
コトの真相を聞かれた。
上司は、僕の話のメモを取っている。
上司:「わかった。でも、これは確かに今はどうしようもないな…。」
私:「はい…」
上司:「とりあえず、幹部を集めるから、整理しよう。」
何人かの幹部が集まると、
コピー用紙の裏に、僕が話した内容を淡々と記述していった。
上司:「・・・と、まぁ、こういうわけだな?」
私:「はい…。」
事実関係が少し整理された。
大変なことには変わりはないが、
もうろうとしていた自分の頭も、
少しクールダウンしてきたように思える。
とりあえず、上司が関係先に連絡してくれるという。
私:「すみません…。私も、電話の対応に戻ります。
少しだけ、落ち着いてきました。」
このとき、
自分は一人ではない、ということに気がついた。
僕はチームの一員なんだ…。
オフィスに戻ると、
わずかに残るエネルギーを奮い立たせ、
再びひっきりなしにかかってくる電話に対応した。
機器の使用を保留すること。
別のメーカーの機器を3日後には、配送すること。
それで何とか手を打つことができるか、
再度、誠実に検討をお願いすること。
誠実に話してまわった。
その日の夕方
・・・・・夕方。
品質部から電話があった。
品質部:「緊急事態なので、これから、現場に向かって機器を見てきます。
分解してしまうので、1台は使えなくなってしまいますが。」
私:「今から、見に行ってくれるのですか?ありがとうございます…(泣)」
品質部:「責任者がいないので、僕ら担当者の独自判断で現場へ行きます。
分解後の処置は、頼みます。」
「はい。その機器の処理は、事後になりますが、何とかします。」
こうして、
時間外になってしまったが、今からわざわざ現場へ急行してくれるという。
翌日は、配達した機器が使えるかどうか、
判断してくれるとのこと。
OKが出れば、配達済みの機器は使える。
もしかしたら、工事にも間に合う。
・・・深夜。
誰もいなくなったオフィスで、
僕は事後処理に追われていた。
深夜になってからは、電話が鳴らなくなったので、
少し落ち着いた時間を過ごすことができた。
ピピピピピ・・・
電話がなった。品質部からだ。
品質部:「機器を分解したのですが・・・・・。うーん。微妙ですね。」
私:「だめ、なのですか!?」
品質部:「だめ、とは言い切れないですが、メーカー技術者の見解を
待ってから、回答します。明日の朝一番でお知らせいたします。」
こうして、この日は終了した。
すべては、明日決まる。
祈るような気持ちで、最終便で家路についた。
体の奥底から、ため息が漏れた。
朝。
僕は、機器の検査結果を待っていた。
2千万円の機器は使えるのか、
それとも、
スクラップになってしまうのか・・・
工事現場では、機器の使用開始を待って
スタンバイしている。
スクラップになるのなら、すべて回収だ。
電話が鳴る。
品質部:「品質部の責任者の見解が出ました。
例の機器の不具合のように思われる箇所を検査したところ、
性能にはまったく問題ありません。合格を出します。」
私:「・・・やった…。」
すぐに、使用の許可を現場に出し、
メーカーに納入の事後承諾の連絡をする。
ほぅ・・・と長いため息がでる。
軽い脱力感。
もし、あのとき、逃亡が成功していたら、
ふと僕の頭によぎった「逃亡のイメージ」を
体験することになってしまったかもしれない。
結果として、解決した。
しかし、自分だけの力ではなかった。
当日夜にもかかわらず、
現場に急行してくれたクライアントの品質部門。
無理やり工事工程を先延ばしにしてくれた現場。
僕の逃亡を阻止した上司。
急遽、作戦会議を開いてくれた幹部。
そして、逃亡するためにロッカールームによろよろと歩いていった私を見て、
「追いかけたほうがいいですよ!」
と、上司に言ってくれた後輩。
上司が僕の逃亡を阻止したのは、
実は、この後輩の一言があったからだ。
…そう知ったのは、 数日たったときだった。
上司:「オマエ、呆然して帰ろうとしたときがあっただろ?
そんとき、あいつが“部長!行ったほうがいいですよ!”と
言われて、俺はすぐに追いかけたんだ。」
泣きそうになる。
教訓
このエピソードの教訓は次の通りです。
- 重大な問題が発生したら一人で抱え込まない。周囲にSOSのサインを出す
- とにかく上司に一刻も早く相談する。
- 関係者には誠実に対応する
とにかく、責任感が強いほど、会社の仕事は組織で行なっていることを忘れがちです。いいにくい課題こそ、率先して上司や関係者にアウトプットするようにしましょう。
特に緊急の際には、つい正確に伝えたいがために、「論点をきちんと整理してから」などと考えがちです。でも、自分でも混乱しているので、なかなか冷静に整理できないものです。ここはぜひ他人の力を借りましょう。
そして、トラブルに関することを関係者に連絡や調整するにしても、感情的にならずに誠実に対応しましょう。誠実に対応すれば、力になってくれる仲間が出てきます。
最後に
どうしても精神的にしんどいときがあります。
やはり、激しいクレームはへこむものです。
しかし、会社のような組織では、自分ひとりで仕事をしているわけではない、ということも実感した出来事でした。
しかし…
やっぱり、自分にも強靭な精神力がほしいと感じました。
打たれても倒れない強さ。
強くしなやかな精神と、余裕を持ったおおらかな心。
そして、周りには、感謝の心。
幼い頃から続いている自分への宿題を、今もまだ、解決しきれていないのだ、と、ふと感じた出来事でした。